
「もし認知症になったら、アパートの管理はどうなるの?」
「家賃の入金や修繕の手配、誰が代わりにやってくれる?」
「子どもがいないから、頼める人が思いつかない」
アパートを持つ大家さんから、こうしたご相談をよくいただきます。
アパート経営は、毎月の家賃管理や入居者との契約が続く「事業」です。 オーナーの判断力が落ちると、事業そのものが止まりかねません。
この記事では、大家さんが任意後見でどう備えればよいかを順番にお話しします。
1 大家さんが認知症になると何が起きる?
一番困るのは、「契約ごと」ができなくなることです。
まず「意思能力」という言葉を押さえておきましょう。 意思能力とは、契約の内容を理解して、自分で決める力のことです。
この力がない状態で結んだ契約は、無効になります(民法第3条の2)。 入居者との賃貸借契約も契約の一つです。認知症が進むと、新しく契約を結んでも無効と判断されるおそれがあります。
家族でも、勝手に代わりに契約はできません(民法第113条第1項)。代わりに契約するには「代理権」という正式な権限が必要です(長野家庭裁判所)。
これは決して他人事ではありません。 2022年時点で、認知症の高齢者は約443万人、その手前の軽度認知障害(MCI)の方は約559万人と推計されています。合わせると1,000万人を超えます(厚労省:認知症施策推進基本計画)。
8部屋で家賃6万円のアパートなら、毎月48万円が動いています。 空室の募集、契約の更新、退去後の修繕、どれも止まると収入が落ちます。家賃の請求ミスなど、入居者とのトラブルも起きやすくなります。
2 任意後見で「大家業」を引き継ぐ
任意後見を使えば、元気なうちに選んだ人に、アパートの管理を任せられます。
任意後見とは、判断能力があるうちに「将来の代理人」と「任せる仕事」を契約で決めておく制度です。契約は公証役場で公正証書(公的な書面)にします。
大事なのは、契約書に付ける「代理権目録」(任せる仕事のリスト)です。 任意後見人は、ここに書いた仕事しか代わりにできません。
アパート経営なら、次のような内容を入れておきましょう。
| 任せたい仕事 | 具体例 |
|---|---|
| 賃貸借契約 | 新規契約・更新・解約 |
| 家賃の管理 | 入金の確認、滞納への対応 |
| 管理会社との契約 | 管理委託契約の締結・見直し |
| 修繕 | 退去後のリフォーム、設備交換 |
| 税金・保険 | 確定申告の依頼、火災保険の更新 |
| 不動産の売却 | 施設費用にあてるための売却 |
例えば、管理会社の担当者と顔なじみの甥に任意後見人を頼むとします。 任意後見が始まっても、入居者から見れば「いつも通り」に管理が続きます。
任意後見人が自宅を売るとき、家庭裁判所の許可は法律上いりません。法定後見の場合は、許可が必要です(裁判所)。 ただ、実際の手続きでは、任意後見監督人(後見人をチェックする人)とよく相談しながら進めることになります。
3 任意後見の「できないこと」も知っておく
任意後見は財産を「守る」ための制度です。財産を「増やす」ための運用には向いていません。
不動産の売却や抵当権(借金の担保)の設定は、代理権があっても必要性を慎重に考え、事前に任意後見監督人に相談するよう求められています。株や投資信託など、元本保証のない商品も避けるべきとされています(千葉家庭裁判所)。
よくあるのが相続税対策のご相談です。 千葉家庭裁判所の任意後見人向けの手引きによると、配偶者や子、孫への贈与は、税金の優遇があっても原則として認められません。相続税対策が目的の贈与でも同じです。本人の財産は本人のために使うのが原則だからです(千葉家庭裁判所)。
費用もかかります。任意後見監督人が選ばれると、報酬は月1万5,000円前後が目安です。金額は裁判所が決めます(大阪家庭裁判所)。 10年続けば、約180万円になります。家賃収入から払えるか、計画に入れておきましょう。
4 家族信託との違いと「併用」という選択肢
建て替えや大規模修繕まで考えるなら、家族信託との併用を検討しましょう。
家族信託とは、信頼できる家族に財産を託し、決めた目的に沿って管理や処分をしてもらう仕組みです。法律上は「信託」と呼ばれ、信託契約を結んだ時点で効力が生まれます(信託法第4条)。
| 比較項目 | 任意後見 | 家族信託 |
|---|---|---|
| 始まる時期 | 判断能力が落ちてから | 契約したときから |
| 目的 | 財産を守る | 財産を活用する |
| 建て替え・大規模修繕 | 難しいことが多い | 契約で決めておけば可能 |
| 介護・入院の契約 | できる | できない |
| 監督する人 | 任意後見監督人が必須 | 原則なし |
家族信託では、契約で定めておけば、受託者(任された家族)の判断で建て替えや売却ができます。 一方で、介護や医療の契約は家族信託の対象外です。
そこで、アパートは家族信託で、介護や入院の手続きは任意後見で備える。こうした組み合わせが現実的です。
5 ご家族の事情に合わせた備え方
ご家族の状況によって、備えるべきポイントは変わります。
| ご家族の状況 | 注意点 | おすすめの備え |
|---|---|---|
| 子どものいない夫婦 | 配偶者も同じように年を取る | 甥・姪や専門家を予備の候補にする |
| 障害のある子がいる | 親なき後の家賃収入の行き先 | 家族信託で子の生活費に回す仕組み |
| 行方不明・未成年の相続人がいる | 遺産分割の話し合いが進まない | 遺言でアパートの承継先を決める |
アパートは「誰が継ぐか」で、もめやすい財産です。 任意後見は本人が亡くなると終わるので、遺言もセットで用意しておきましょう。
ここで法改正のお話です。 2026年6月、成年後見制度を見直す改正法が成立し、6月24日に公布されました。施行は公布から2年6か月以内です(法務省)。
改正後の任意後見では、受任者を複数決めて、契約を始める順番まで指定できるようになります。監督の必要がないと家庭裁判所が認めれば、監督人を置かずに裁判所が直接監督する仕組みもできます(改正法概要)。 「第1候補は配偶者、だめなら甥」と決めておけば、管理が途切れる心配が減りますね。
まとめ
アパート経営は、オーナーの判断力が落ちると止まってしまう事業です。
任意後見で、管理を任せる人と仕事の中身を決めておく。 建て替えなどの「攻め」の管理は、家族信託との併用を考える。 承継先は遺言で決めておく。
この3つで、入居者にも家族にも安心なアパート経営を続けられます。
どの組み合わせが合うかは、物件の数やローンの有無、ご家族の事情で変わります。 「うちのアパートの場合はどうなる?」と気になったら、まずは現状の整理からお手伝いします。どうぞお気軽にご相談ください。
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