
「施設に入りたいけれど、お金が足りない。自宅を売るしかないかも」
「でも、そのころに認知症になっていたら、誰が売ってくれるの?」
こんな不安を持つ方は多いです。 子どものいないご夫婦なら、「夫が認知症になったら、妻が代わりに売れるの?」と考えるかもしれません。 障害のあるお子さんを持つ親御さんなら、「自宅を、子の将来の生活費に充てたい」と思うこともあるでしょう。
この記事では、任意後見で自宅を売るときの仕組みと注意点を、順番にお話しします。
1 判断力が落ちると、家族でも自宅は売れない
最初にお伝えしたいのは、「家族だから代わりに売れる」わけではない、ということです。
不動産の売却は「契約」です。 契約をするには「意思能力」が必要です。 これは、自分が何をしているのか、その結果どうなるのかがわかる力のことです。
自宅を売るときなら、次のようなことがわかっているかが目安になります。 「いくらで売るのか」 「売ったら住む場所がなくなる」
たとえば、85歳の母が認知症になったとします。 母名義の自宅を、長男が「母のため」と思って売ろうとしても、それはできません。 名義は母のものだからです。
ここで頼りになるのが、元気なうちに結んでおく「任意後見契約」です。
2 任意後見なら、家庭裁判所の許可はいらない
任意後見人が本人の自宅を売るときは、家庭裁判所の許可はいりません。 ここが法定後見との大きな違いです。
法定後見では、本人が住む家を売るのに家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。 許可を取らずに売った場合、その売却は無効になります。
ここでいう「住む家」は、今住んでいる家だけではありません。 施設に入る前に住んでいた家や、将来戻るかもしれない家も含まれます。
| 比べる点 | 法定後見 | 任意後見 |
|---|---|---|
| 自宅を売るときの家庭裁判所の許可 | 必要(ないと無効) | 不要 |
| 誰が売る権限を与えるか | 法律と家庭裁判所 | 本人が契約で与える |
| 許可の申立て手数料 | 収入印紙800円+郵便料 | なし |
任意後見で許可がいらないのは、本人が自分の意思で「売ってもいい」という権限を与えているからです。
3 「代理権目録」に売却が書かれているかが大事
任意後見人が自宅を売れるかどうかは、契約に書いてあるかどうかで決まります。
「代理権目録」とは、任意後見人に任せる仕事の一覧表のことです。 任意後見人ができるのは、この一覧表に書かれたことだけです(法務省令)。
チェック式の様式(付録第1号様式)なら、住まいに関する欄の「居住用不動産の処分」にチェックが入っているかを確認します。 文章で書く様式(付録第2号様式)なら、売却についての記載があるかを確認します。
例えば、「預金の管理」と「年金の受け取り」だけを任せていたとします。 この場合、任意後見人は自宅を売れません。 売るには法定後見を使うことになり、そのうえで家庭裁判所の許可も必要になります。
判断力が落ちてからでは、任せる仕事を追加できません。 契約のときに入れておくことが大切です。
4 売るときに気をつけたい3つのこと
許可がいらないからといって、自由に売ってよいわけではありません。 任意後見人には、本人の利益を守る責任があります。
| 注意点 | どういうことか | 避けたい例 |
|---|---|---|
| ①なるべく良い条件で売る | 複数の不動産会社に査定してもらう | 知り合いの1社だけに頼み、相場より安く売る |
| ②身内に有利な取引をしない | 任意後見人やその親族が買う場合は特に慎重に | 相場2,000万円の家を、任意後見人の息子に1,500万円で売る |
| ③売る理由をはっきりさせる | 施設費や医療費など、本人のためにやむを得ない理由がある | 特に理由がないのに売る |
①は「善管注意義務」と呼ばれます。 他人の財産を預かる人として、当然払うべき注意を払う義務のことです。
②は「利益相反」の問題です。 本人にとって損になり、任意後見人側が得をする取引のことをいいます。 任意後見人自身が買う場合などは、任意後見人は本人の代わりをできません。 代わりに、任意後見監督人(任意後見人の仕事をチェックする人)が本人の側に立ちます。
③については、任意後見監督人とよく相談しながら進めるのが安心です。 契約で「売るときは任意後見監督人の書面の同意が必要」という特約をつけることもできます。
5 売却のときに必要な主な書類
登記を申請するときは、任意後見人が「本人の代わりに売る権限がある」ことを書類で示します。
| 書類 | 役割 |
|---|---|
| 登記識別情報(または登記済証) | 本人が家を取得したときに受け取った、いわゆる「権利証」 |
| 後見登記事項証明書 | 任意後見人であることと、代理権の内容を証明する |
| 任意後見人の印鑑証明書 | 3か月以内のもの |
| 固定資産評価証明書 | 登記にかかる税金(登録免許税)の計算に使う |
| 本人の住民票など | 登記簿の住所と今の住所が違う場合に使う |
本人の印鑑証明書を求められたケースもあるようです。 事前に、管轄の法務局などに確認しておきましょう。
6 元気なうちにできる3つの準備
今のうちにしておくと安心な準備は、次の3つです。
1つ目は、代理権目録に「居住用不動産の処分」を入れることです。 売るつもりがなくても、選択肢として残しておけます。
2つ目は、任意後見監督人の同意を条件にするかを決めることです。 「勝手に売られないか心配」という方は、特約をつけると安心です。
3つ目は、売ってよい条件を家族に伝えておくことです。 「施設に入るお金が足りなくなったら売ってよい」など、具体的に伝えておきます。 メモに残しておくと、任意後見人も迷わずに済みます。
子どものいないご夫婦は、夫婦が同じころに判断力が落ちることもあります。 甥や姪、専門家など、ほかの人に任意後見人を頼むことも考えておきましょう。
まとめ
任意後見なら、家庭裁判所の許可なしで自宅を売れます。 ただし、それは「代理権目録に売却が書かれている」ことが前提です。 売るときは、本人の利益を第一に考え、任意後見監督人と相談しながら進めます。
自宅はとても大きな財産です。 「どこまで任せるか」は、元気なうちにしか決められません。
当事務所では、代理権目録の作り方や特約のつけ方も一緒に考えます。 ご自宅のことで不安があれば、お気軽にご相談ください。
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