任意後見人にできること・できないことって?

任意後見人にできること・できないことって?

 「もし私が認知症になったら、通帳や印鑑は誰が管理するの?」 「子どもがいないから、施設の契約を誰に頼めばいいのか分からない」

 終活の相談で、いちばん多いのがこの不安です。 そこで登場するのが「任意後見(にんいこうけん)」という仕組み。でも、実はここに大きな誤解があります。「任意後見人にお願いすれば、身のまわりのことは全部やってもらえる」と思っている方が、とても多いのです。

 結論から言うと、任意後見人にできるのは「お金の管理」と「契約ごと」まで。介護そのものや、手術の同意、亡くなった後の手続きは、担当外です。 順番に見ていきましょう。

1 任意後見人って、そもそも何をする人?

 要点は3つ。自分で選べる/公正証書で契約する/すぐには始まらない、です。

 任意後見人とは、判断能力が下がったときに備えて、元気なうちにご本人が自分で選んでおく代理人のこと。「将来こうしてほしい」を契約書に書いておきます。

 契約は必ず公証役場で公正証書にします。厚生労働省の案内では、公証人の基本手数料が13,000円、登記の嘱託手数料1,600円、法務局へ納める印紙代2,600円。合計で1万7千円ほどが目安です。

 そして大事なのがここ。契約を結んだ瞬間には、効力は発生しません。 判断能力が心配になった段階で、家庭裁判所に「任意後見監督人(後見人を見張る第三者)を選んでください」と申立てをします。この監督人が選ばれて、はじめてスタート。申立てができるのは、ご本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見を引き受けた人です。

 例えば、契約は70歳のとき。実際に動き出したのは、8年後に認知症と診断されてから――こうした「長い待機期間」があるのが特徴です。

2 できること:「財産管理」と「身上監護」の2本柱

 任意後見人の仕事は、法律行為(契約やお金のやりとり)に限られます。

分野具体例
財産管理預金口座の管理、光熱費・医療費の支払い、不動産や株式の管理、収支の確認
身上監護(生活面の手続き)入院手続き、介護サービスの利用契約、施設入所の契約、支援サービスの選定

 「身上監護」という言葉は硬いですが、要は暮らしを整えるための契約ごとを代わりにやる、という意味です。

3 できないこと:ここが一番の落とし穴

 先に結論。次の5つは、契約書に書いても任意後見人にはできません。

できないことどういうこと?
①契約の取消しだまされて買った不要な商品の契約を、一方的に取り消せない
②医療行為の同意・身元保証手術や延命治療への同意権はない。施設の保証人にも原則なれない
③事実行為食事や入浴の介助、掃除、買い物、通院の付き添いは職務外
④本人だけの権利結婚・離婚・養子縁組・遺言の作成は代理できない
⑤契約書に書いていない行為「代理権目録」に載っていないことは、原則できない

 とくに驚かれるのが取消権がないという点。法定後見(判断能力が下がった後に裁判所が選ぶ後見人)には取消権がありますが、任意後見人にはありません。訪問販売の被害に遭っても、後から白紙に戻す権限がないのです。

 「介護サービスの契約はしてくれたのに、実際のおむつ交換はしてくれないの?」——こう驚かれる方がいます。でも、これは誤解。契約をするのが任意後見人、介助をするのはヘルパーさん、と役割が分かれています。

4 数字で見ると、意外に「少数派」の制度

 最高裁判所の統計(令和7年12月末時点)では、成年後見制度全体の利用者は259,901人。そのうち任意後見はわずか2,833人。全体の約1%です。任意後見監督人の選任申立ても、年間881件にとどまります。

 裏を返せば、「自分で選ぶ」という発想がまだ知られていない、ということ。使い方を知っているだけで、選択肢がぐっと広がります。

 なお監督人の報酬は、家庭裁判所が決め、ご本人の財産から支払われます。長く続く費用なので、事前の見積もりが欠かせません。

5 足りない部分は「組み合わせ」で埋める

 ここが専門家の腕の見せどころ。任意後見の「穴」は、別の契約で塞げます。

心配なこと使う契約
契約前〜発効までの見守り見守り契約
判断能力はあるが体が不自由財産管理委任契約
葬儀・納骨・役所の届出死後事務委任契約
財産の行き先を決めたい遺言

 任意後見契約は、本人が亡くなった時点で終了します。死亡届や相続手続きは権限外。だからこそ、死後事務委任契約とセットで考えるのが定石です。実務では「任意後見3点セット」などと呼ばれています。

6 2026年、制度が大きく変わります

 最後に、専門的な話をひとつ。

 令和8年6月24日、「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)が公布されました。成年後見制度の見直しは、公布から2年6か月を超えない範囲で施行されます。法務省の資料によれば、任意後見についても次の柔軟化が予定されています。

 ひとつは、家庭裁判所が「監督人は明らかに不要」と認めるときは、監督人を置かず裁判所が直接監督できるようになること。ふたつめは、法定後見が始まっても任意後見契約が終了せず、併存できるようになること。みっつめは、公正証書で指定した人にも、契約を発効させる申立てを任せられるようになることです。受任者が先に亡くなった場合に備えて、順番を決めておく合意もできます。

 施行日前に結んだ契約にも、改正後の法律が適用されます(附則6条)。つまり今から準備しても無駄にならないということです。

まとめ

 任意後見人は、万能の代理人ではありません。できるのはお金と契約。できないのは介助と医療同意、そして死後の手続き。 その線引きを知った上で、足りない部分を別の契約で補う。これが後悔しない備え方です。

 ご夫婦であれば、「どちらかが先に弱ったとき」「二人とも難しくなったとき」の2段構えで考えておくと安心です。まずは、任せたい人の顔を思い浮かべてみてください。そこから設計が始まります。

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「行政書士下西照美事務所」

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下西照美

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