
「母が知らない業者と、高い契約を結んでいた」 「任意後見人がいれば、あとから取り消せるの?」
一人暮らしの親がいる方や、子どものいないご夫婦、障害のあるお子さんを持つ親御さんにとって、悪質商法は身近な心配です。
実は、任意後見人には「取消権」がありません。 では、どうやって守ればよいのでしょうか。 仕組みから順番に見ていきましょう。
1 任意後見人にできるのは「代わりに手続きすること」だけ
任意後見人の権限は「代理権」だけです。 本人が結んだ契約をあとから取り消す「取消権」はありません。
「取消権」とは、いったん結んだ契約を、はじめからなかったことにできる権利です。
法定後見の成年後見人は、本人が結んだ契約を取り消せます。 ただし、日用品の買い物などは取り消せません。
一方、任意後見人に任されるのは、契約で決めた手続きを本人の代わりにすることだけです。 本人が自分で結んだ契約を、任意後見人の判断で取り消すことはできません。
| 比べる点 | 法定後見(成年後見人) | 任意後見人 |
|---|---|---|
| 本人の代わりに手続き | できる | 契約で決めた範囲でできる |
| 本人の契約を取り消す | できる(日用品の買い物などは除く) | できない |
| 誰が選ぶか | 家庭裁判所 | 本人 |
例えば、82歳の母が訪問業者と200万円の屋根工事を契約したとします。 長男が任意後見人でも、「後見人だから取り消します」とは言えません。
2 取消権がないのは、本人の意思を大切にする制度だから
取消権がないのは、制度の欠陥ではありません。 任意後見が「本人が自分で決める」ことを大切にしているからです。
任意後見では、誰に頼むか、何を任せるかを、本人が元気なうちに決めます。 任意後見人の仕事は、その約束の範囲で本人を支えることです。
一方、取消権はとても強い権限です。 本人が「欲しい」と思って結んだ契約でも、後見人がなかったことにできてしまいます。 本人の気持ちより、後見人の判断が優先されることもあるのです。
例えば、母が自分の楽しみのために、5万円の旅行を申し込んだとします。 取消権があれば、家族が「もったいない」と思って取り消すこともできてしまいます。 母にとっては、大切な楽しみを奪われることになります。 任意後見は、こうした事態を避ける仕組みともいえます。
それでも、困った契約をやめる方法がないわけではありません。 次の章で、使える方法を見ていきます。
3 取消権がなくても使える「4つの方法」
ほかの法律の仕組みを使えば、契約をやめられる場合があります。 任意後見人が本人の代わりに手続きするには、そのための代理権が代理権目録に入っている必要があります。
| 方法 | どんなときに使える? | 期限の目安 |
|---|---|---|
| ① クーリング・オフ | 訪問販売・電話勧誘販売 | 決められた書面を受け取った日から8日以内 |
| ② 過量販売の解除 | 必要な量を大きく超える商品を訪問販売で買わされた | 契約から1年 |
| ③ 消費者契約法による取消し | 判断力の低下につけこまれたなど | 取り消せると気づいてから1年、契約から5年 |
| ④ 意思能力がない状態の契約は無効 | 契約のとき、本人が内容をまったく理解できていなかった | 期限なし(ただし証明が必要) |
①の「クーリング・オフ」は、一定の期間なら理由を問わず契約をやめられる仕組みです。 目安は、訪問販売や電話勧誘販売なら8日以内です。 たとえば、10月1日に契約書を受け取ったら、10月8日までが期限です。 通信販売にはクーリング・オフはありません。
③は、2018年の改正で追加された取消しの理由です。 次の条件がそろうと、取り消せる場合があります。 本人の判断力が年齢や病気で大きく落ちていること。 業者がそれを知りながら、「契約しないと今の暮らしが続けられない」と不安をあおったこと。 たとえば、「この薬を飲まないと寝たきりになる」と言われて、高額な健康食品を買ったケースです。
④は、2020年4月施行の民法改正で、条文にはっきり書かれました(民法3条の2)。 ただし、契約したときに判断力がなかったことを、診断書などで証明する必要があります。
4 「法定後見に切り替える」は最後の手段
何度も被害にあう場合は、法定後見を使うことも考えます。 ただし、今の法律にはハードルがあります。
任意後見契約が登記されている間は、原則として法定後見は始まりません。 始められるのは、家庭裁判所が「本人の利益のために特に必要」と認めたときだけです(任意後見契約に関する法律10条)。 その例として、「同意権・取消権による保護が必要な場合」が挙げられています((公社)商事法務研究会)。
さらに、今の法律では、任意後見が始まった後に法定後見が始まると、任意後見契約は終わります。 せっかく自分で選んだ後見人との契約がなくなってしまうのです。
ここは法改正で変わります。 2026年6月24日に公布された改正法では、法定後見は「補助」の制度にまとめられます。 そして、補助を始めても任意後見契約を続けられるようになります。 施行は公布から2年6か月以内なので、遅くとも2028年12月ごろです。 現時点ではまだ施行されていない点に注意してください。
5 元気なうちにできる4つの備え
一番の対策は、被害にあう前の準備です。
1つ目は、代理権目録の中身です。 クーリング・オフや契約の取消しなどの手続きを、任意後見人が本人の代わりにできるようにしておきます。 入れ方は公証人や専門家と相談しましょう。
2つ目は、見守りの仕組みです。 任意後見契約と一緒に、定期的に連絡や訪問をしてもらう「見守り契約」を結ぶ方法があります。 判断力が落ちる前から異変に気づきやすくなります。
3つ目は、早めの任意後見開始です。 判断力が落ちてきたら、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てます。 開始が遅れると、その間は本人の代わりに対応できる人がいません。
4つ目は、相談先を家族で共有することです。 困ったときは、消費者ホットライン「188(いやや)」に電話すると、近くの消費生活センターなどを案内してもらえます。 冷蔵庫に番号を貼っておくのもおすすめです。
まとめ
任意後見人には取消権がありません。 それでも、クーリング・オフや消費者契約法、意思能力がない状態の契約の無効など、使える方法はあります。 カギは、代理権目録の作り方と、日ごろの見守りです。
当事務所では、悪質商法に備えた代理権目録の作成や、見守り契約のご相談も承っています。 ご家族の将来に不安がある方は、お気軽にご相談ください。
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