
「せっかく書いたのに、無効でした」——これが一番つらい
遺言書を書こうと決めた。便箋に向かって、何時間もかけて書き上げた。
数年後、ご家族がそれを開いてみたら——形式の不備で使えなかった。
実は、これが遺言の世界でいちばんもったいない失敗です。書かなかった場合と結果は同じ。でも、費やした時間と想いの分だけ、残された方の落胆は大きくなります。
なぜ無効になるのか。どこに気をつければいいのか。順に見ていきましょう。
1 遺言書は「形」が9割
最初に押さえてください。遺言書は要式行為です。
要式行為とは、法律が決めた形式どおりに作らないと効力が生まれない行為のこと。契約書のように「お互い納得していればOK」とはいきません。
なぜそこまで厳しいのか。理由は明確です。遺言書が使われるとき、書いた本人はもうこの世にいません。「本当にこの人が書いたのか」「これは下書きではないのか」を確認する術がない。だから形式で担保するのです。
民法968条1項が定める自筆証書遺言の要件は3つ。(1)全文を自書すること、(2)日付と氏名を自書すること、(3)印を押すこと。
この3つのどれか1つが欠けても、無効です。
2 自筆証書遺言でつまずく5つのポイント
具体的に見ていきます。
① 本文をパソコンで書いた
全文を手書きする必要があります。パソコンやワープロ、代筆はいずれも無効です。
ただし例外があります。2019年1月13日施行の改正で、財産目録はパソコンで作成できるようになりました。登記事項証明書や通帳のコピーを添付する方法も可。財産が多い方には大きな助けです。
ただし条件がひとつ。目録の全ページに署名と押印が必要です。裏面にも記載がある場合は、両面それぞれに。
② 日付が特定できない
「令和7年3月吉日」——これは無効です。具体的な日付が特定できないためです。
なぜ日付が重要か。遺言書を書いた時点で判断力があったかを見る基準になり、複数の遺言書がある場合に「どちらが新しいか」を決める基準にもなるからです。書き忘れも当然、無効です。
③ 押印がない
印鑑は実印でなくて構いません。100円の認印でも有効です。拇印も有効とされています(最判平成元年2月16日)。
一方、花押は無効です。平成28年6月3日の最高裁判決で、「花押を書く慣行はなく、印章による押印と同視することはできない」として、押印の要件を満たさないと判断されました。
④ 訂正の方法を間違えた
ここは見落としが多い部分です。民法968条3項は、訂正の場所を示し、変更した旨を付記して署名し、変更箇所に押印することを求めています。
二重線を引いて書き直しただけ、修正液を使った——これでは訂正の効力が生じません。
なお、明らかな誤記の訂正については、方式に違反があっても遺言全体は無効にならないとした最高裁判決もあります(最判昭和56年12月18日)。ただし頼るべきではありません。書き間違えたら、全部書き直すのが安全です。
⑤ 夫婦2人で1通に書いた
民法975条は共同遺言を禁じています。「私たち夫婦は、財産を……」と1枚に連名で書くと無効です。
子供のいないご夫婦は、お互いに残し合う内容になりがちです。だからこそ注意してください。必ず1人1通、別々に作成します。
3 公正証書遺言でも無効になる
「公証人が作るから安心」——おおむねそのとおりですが、絶対ではありません。
無効になる主な原因は、遺言能力の欠如と、要式違反の2つです。
とくに気をつけたいのが証人です。民法974条は、証人になれない人を定めています。
【証人になれない人】
- 未成年者
- 推定相続人(相続人になる予定の人)、遺贈を受ける人
- その配偶者、直系血族(親・子・孫)
- 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記、使用人
「息子に頼もう」「妻に立ち会ってもらおう」——これはできません。
未成年のお孫さんも不可です。2022年4月1日から成年年齢は18歳になりましたので、判断基準もそこに移っています。
適任者がいない場合、公証役場で証人を紹介してもらえます。行政書士などの専門家に依頼する方法もあります。
4 「無効ではないが、使えない」遺言書
ここが実は一番多い失敗です。形式は完璧。でも、内容が曖昧で手続きに使えない。
財産の特定が甘い
「自宅は長男に」——これでは足りません。不動産は登記上の所在・地番、建物なら家屋番号で特定します。普段使う住所(住居表示)とは違います。
預金なら、金融機関名・支店名・口座種別・口座番号まで。
「相続させる」と「遺贈する」の使い分け
この2語には、登記手続き上の違いがあります。
| 文言 | 使う相手 | 登記の申請 |
|---|---|---|
| 相続させる | 相続人 | 取得する人が単独で申請できる |
| 遺贈する | 誰でも(相続人以外も可) | 原則は共同申請。ただし令和5年4月1日から、相続人への遺贈は単独申請が可能に |
お世話になった甥御さんやご友人、法人に残したい場合は「遺贈する」を使います。相続人でない方に「相続させる」と書いても実現しません。
書き漏れがある
すべての財産を書き切るのは難しいものです。そこで最後に、こう一文を入れておきます。「本遺言に記載のない財産は、○○に相続させる」。
これがないと、漏れた財産について相続人全員での話し合いが必要になります。ご家族に行方不明の方や未成年の方がいる場合、その一文の有無が数か月の差になります。
5 確実に残すための3つの手段
無効を防ぐ方法は、結局3つに整理できます。
| 方法 | 費用 | 防げること | 防げないこと |
|---|---|---|---|
| 自筆+法務局保管 | 保管申請1通3,900円 | 形式不備、紛失、改ざん、検認の手間 | 内容の不備、遺言能力の争い |
| 公正証書遺言 | 財産額に応じた手数料 | 形式不備、内容の不備、紛失 | 遺言能力の争い(可能性は下がる) |
| 専門家に相談 | 事務所により異なる | 内容の設計、家族構成に応じた配慮 | — |
法務局の保管制度は、預かる際に形式面をチェックします。ただし内容の相談には応じません。「これで揉めないか」は別の話、ということです。
用紙の様式にも決まりがあります。A4サイズ、片面のみ、上5mm・下10mm・左20mm・右5mm以上の余白。余白に文字がはみ出していると預かってもらえません。
まとめ
遺言書の無効は、ほとんどが知っていれば防げるものです。
全文手書き、日付は年月日まで、押印を忘れない、訂正せず書き直す、夫婦でも別々に。この5つを守るだけで、形式不備のリスクは大きく減ります。
そして、形式より難しいのが内容です。誰に、何を、どう書くか。ご家族の状況によって最適な形は変わります。
書き上げた遺言書が本当に機能するか、一度ご確認されたい方は、お気軽にご相談ください。
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